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August 10, 2004

華氏911

夏休みにアメリカに行った。JFK空港の長い長い行列の末、やっとたどりついた入国管理の窓口。
管理官は、気のいいプエルトリコ人のあんちゃんだった。
職業を聞かれ、「journalist」と答えたら、急に目を輝かせ、「journalistなら、当然、アレは見ただろ?」と言う。
「アレ?」「そうだよ、アレだよ」
あんちゃんの表情を見てなぜかピンときた私は、「アレ、まだ日本じゃ見られないんだよ」と答えた。
アレ、そう、つまり、華氏911
「アメリカにいる間に絶対見なきゃだめだよ。あれは見なきゃだめだ」と興奮してプエルトリコ人のあんちゃんは話し始めた。
後ろの長い行列なんかおかまいなしだ。
私が記入した細長い大きめのメモ帳サイズの入国届け出用紙を裏返し、解説を始める。
「ホラ、ここ(と紙の右上端を指す)にいるニューヨークのやつらは、こっち(左下端を指す)のカリフォルニアにいるやつのことなんか知りゃあしないし興味も無い。
カリフォルニアの奴らは、ここ(真ん中を指す)にいるやつが何を考えているかなんて全然知らない。真ん中にいる奴らは(左上を指して)シアトルで何が起きてるか知らないし、シアトルにいるやつらは、(右下を指して)フロリダのことなんかお構いなしだ。
アメリカってのはそういう国なんだよ。外から来たオレにはよく分かるんだ」
プエルトリコからの移民のアメリカ人のあんちゃんは続けた。
「アメリカ人は、自分が住んでいる世界の外で何が起きてるか知らないし、関心も無いんだよ」
後ろの行列が気になりながらも、人のいいあんちゃんの熱弁につられ、ついつい私も会話にのってしまう。
「残念ながら、私もまったく同感だ」
「日本人の多くが、いや世界中の多くの人が、そういう風にアメリカ人のことを見ていると思うよ」
「映画、見に行くことにするよ。ありがとう。」
仕事熱心で愛想のいいあんちゃんは、さすがにこれ以上会話は続けられないと観念し、名残惜しそうに「見るといいよ、アレ、見るべきだよ」と念を押す。
「分かった、必ず見るよ。じゃあね。サンキュー!」

で、入国管理官のあんちゃんとの約束を果たすため、ガラガラの映画館で見てきました、華氏911 。ご存知マイケル・ムーア監督の大ヒットドキュメンタリー映画。

もともとブッシュ嫌いの私にとって、あまり目新しいものでは無かったし、ドキュメンタリー映画として非常に完成度が高いかといえば、それほどでもない。決してカンヌのグランプリをとるような質の映画ではない。あのグランプリに、いかに政治的なメッセージが込められていたかを、初めて実感した。

それでも映画は、私が知らなかった事実をいくつも見せつけてくれた。偏りはあるものの、立派な調査報道だと思う。
アメリカにいたビンラディン一族が、数千人の命を奪った同時テロの翌々日に、尋問すらされずにサウジに自家用ジェット機で帰ってしまったこととか(当時はまだかなりの飛行制限があったにもかかわらず許可が出た)。
飛行機がビルにつっこんだことを知らされてから10分近くもの間、のどかに小学生相手のイベントにボーッと出席していたブッシュ大統領の姿とか。
あれやこれやを見ると、また怒りが込み上げて来る。
4年前の選挙で、民主党のゴア副大統領が勝っていれば・・・。これほど世界中で多くの人がアメリカの武器によって命を奪われることは無かったに違いない。

ブッシュ政権がどんなに怪しげな情報を流しても、信じない人はまったく信じないし、政府を信じる人は批判的な報道には一切耳を貸さない。これほどまでに国民感情が鋭く二つに分かれてしまうなんて、ひょっとしたら南北戦争以来なんじゃないか?
報道も常に政権に遠慮がち。アメリカ人があれほど誇っていた言論の自由はいったいどこに行ったんだろう。
マスコミは、マイケル・ムーアのことは取り上げるけど、まともに相手にはしない。「オタクっぽい変人」「騒ぎを起こす極端に左翼的なヤツ」という、つねに侮蔑の視線を漂わせ、妙なバランスをとろうとする。

いちばん怖いのは、「自由とフェアな競争」という美しい建前だけが取り柄だったはずのアメリカから、その建前が失われつつあることだ。建前を守らなくなったアメリカの暴走を止められる者は、もはや誰もいない。それは独りよがりの保安官。好きなやつは守ってやり、嫌いなやつはリンチをするか撃ち殺す。そこに公正なルールはない。西部劇の世界に逆戻りだ。
アメリカ国民が、アメリカの美徳、「自由」「公平」という建前を取り戻す選択をしてくれるかどうか。11月に迫ったアメリカの大統領選挙は、それほど世界にとって大事だと思っている。

ところで、華氏911について、興味深いコメントをしているジャーナリストがいる。
華氏911とイスラエル
著者の田中 宇(さかい)氏は、元々共同通信記者だったが、10年ほど前にやめ、MSNの国際情報配信サービスでコツコツと独自の視点の記事をネットを通じて読者に配信し続けてきた。
ネットを通じたジャーナリズムの日本での草分け的存在。ハイクオリティなブロガージャーナリストの先駆けとも言える。
田中氏がウェブサイトをブログ形式にしていないのは返す返すも残念だ。
脇道にそれたが、この記事で、田中氏は、華氏911がものごとの「コインの片面」しか見せていないと懸念を示している。興味深い指摘だ。

それでも私は、大手の米マスコミがアメリカ人大衆に対し、コインの両面どころか片面すら見せてこなかったことを考えると、ムーア監督の試みには、やはり素直に拍手したいと思っている。

*****

以下、読売新聞のネット記事より丸ごと引用
「華氏911」…偏った映画、と首相が不快感
 イラク戦争とブッシュ米大統領を痛烈に批判して話題となっている米映画「華氏911」について、小泉首相は2日夕、「政治的な立場が偏った映画は、あんまり見たいとは思わないね」と不快感を示した。
 首相は映画好きで知られ、この週末も東京・築地の映画館に出かけてエルビス・プレスリーの映画を観賞したばかり。だが、今月中旬から日本でも一般上映される「華氏911」について、記者団が「見に行く予定は」とただすと、首相は言下に「計画はないですね」。
 「監督のマイケル・ムーア氏は大統領に追随したとして、首相も批判しているが」との記者団の指摘にも、「ブッシュ批判、小泉批判、批判ばかりしてもいいことはないんじゃないの」と憤まんやるかたない様子だった。
 「華氏911」は、今年5月のカンヌ映画祭で最高賞「パルムドール」に選ばれた。全米公開後は記録的ヒットを続ける一方、政治的色彩が濃い作品として、保守系の市民団体などが反発している。(読売新聞)
[8月2日21時14分更新]

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Comments

 はじめまして、コメント、トラックバックありがとうございました。貴重なお話だと思ったので早速伺いました。
 流行にのせられるのはあまり好きではないのですが、やはり、今興味があるのはこの映画です。それは、僕自身が初めて経験する(日本はアメリカの戦争を支持し協力しているという意味も込めて)戦時下であるからだと思います。また、小泉政権を支持したという後ろめたさもあるのかも知れません。無知なままで初めての選挙(昨年衆院選)は与党を支持してしまいましたから。
 さて、この記事を読んでのコメントです。
 「外から観た視点が重要」だとは言うけれど、本当にそういう「立場」や「状況下にある人」でなければ、外から一つの国を見つめることは難しいんでしょうね。このエピソードを読んでとても強くそう感じました。また、マイケル・ムーアのように変人でなければアメリカの裏側を暴こうというアメリカ人はそうそういないのかとも思いました。戦争の賛否両論よりもアメリカのやり方に真っ向から異を唱える姿勢というのは日本にいてもあまり見受けられませんね。情報が簡単に手に入る時代なのに中々そういう人々の活躍を知ることができないのが僕にはとても不思議に思えます。
 8/9のABCニュース「This Week」(BS1 14:00~14:50)で出演していたゲストはケリー民主党大統領候補の言う『私なら大統領は行かなければいけないと子供たちに言うだろう』というセリフは後付の批判だと、その9・11直後の大統領の行動を擁護し、ケリー氏が健全であると主張する選挙キャンペーンを牽制していました。まぁ、見方はそれぞれではあるのですが、そうした細かい話で議論をするのはあまり好ましくないと思いますし、見ていてちょっと残念でした。それよりもアメリカ(9・11調査委員)が「なぜテロが防げなかったのか」に力点を置く余り「なぜテロが起こったのか?その原因は?」という視点を切り捨てて戦争をやっていることが非常に気になります。国民はどう考えているのでしょうね。そこら辺はノーム・チョムスキーの「メディア・コントロール」を読んでなんとなく理解はしたのですが…。
 そんな話もきっと聞けるのではないかと勝手に期待してますのでゆびとま様にはこれからもますます頑張って頂きたいと思っています(笑)僕は燃え尽きないようにするためにも、リンクさせて頂くのでこれからもよろしくお願いします。では。

Posted by: nobsaku | August 10, 2004 06:15 AM

こんにちは。珠丸です。
記事の主旨とちょっとずれてしまって恐縮ですが、
読売新聞の記事中の

> 首相が不快感
とか、
> 憤まんやるかたない様子
とか、

ちょっと違和感を覚えました。

テレビとかで見たわけではないので(あまりテレビ見ないので。。。すいません。苦笑)首相の表情がどうだったとかは分かりませんが、私が読んだ新聞か雑誌(多分日経新聞?)では、「首相が怒っていた」というようには書かれていませんでした。

文章だけだとちょっとした修飾一つで、随分与える影響が違いますね。当然この件だけではないですが。
当たり前のことをまた当たり前のように思ったってことです。

変なコメントですいません。。

Posted by: 珠丸 | August 10, 2004 01:52 PM

あ、そうそう。
別に首相が怒ってようが怒ってなかろうがどっちでもいいのですが、「政治的な立場が偏った映画は、あんまり見たいとは思わないね」という姿勢には賛成できないなと思いました。
偏ってようが批判だろうが何だろうが、意見や主張の一つとしてそういうのに耳を貸すのも大事だと思うので。
批判を黙殺するだけってのもいいことないんじゃないの、と。

ああ、また変なコメントですいません。。。

Posted by: 珠丸 | August 10, 2004 02:06 PM

nobsakuさん、珠丸さん、コメントありがとうございました。nobsakuさんの大好きなエアロスミスをちょっとくさした記事も(スミマセン)ありますので読んでいって頂ければ嬉しいです。(THE WHOとTHE WHOその2) アメリカの選挙は非常に関心があるので、引き続き、気がついたことを書いていきたいと思っています。
珠丸さん、私も同じところでひっかかりました。ヒマがあったらその時の映像を確認しようかと思っています。官邸が総理のやりとりをすべてウェブ上に公開するようになったら面白いですよね。

Posted by: ゆびとま | August 11, 2004 04:42 AM

ゆびとま さま

 もちろん、記事は全部読ませていただきました(笑)ロックオデッセイは「この暑さでずっと外にいたら死んでしまう」と思っていたので(^^; 僕はちょっと邪道というか、音源が古い曲をCDなどで聴いてしまうと毛嫌いしてしまうんで…The WHOがどれほどすごいバンドかもわからず…。TVK(神奈川テレビ)などでは特集もやっていてPVを見たのですけどね。ともあれ、東京ドームでのエアロスミスは以前よりパワーが減ってしまったのかなぁ~とも思っています。3回しかライブに行っていませんし、客席やらドームやらで音響も違うでしょうから判断し辛いところではありますが、とりあえず長生きしてほしいですね♪
 大統領選の記事、楽しみにしています。

nobsaku

Posted by: nobsaku | August 11, 2004 07:37 PM

はじめまして。SWANと申します。
華氏911のブログを追いかけているうちに当ブログを発見しましたので、ご迷惑でしょうが大量にTBいたしました。
はっきり言って私はブッシュが嫌いだし、小泉も大嫌いです。
(そういう意味では「政治的に偏っている」のかな?)
三文ブログばかりですが読んでやってください。

whoいいですよね。
最近DVDも出ましたし、なんか盛り上がってますよね。
ちなみに私はボンゾよりキース・ムーンのドラミングの方が好きです。世間一般では逆の評価みたいですが。

Posted by: SWAN | August 31, 2004 11:47 PM

SWANさん、たくさんトラックバックありがとうございます。こちらからもトラックバックさせていただきました。
華氏911については、とても多くのブロガーたちが感想を載せていますね。
ところで私はブッシュは嫌いですが小泉さんについては必ずしも嫌いと言い切れない思いを持っています。どんづまりだった日本の経済に大きな変革をもたらすキッカケを与えたことは間違いないと考えているからです。

ボンゾとキース・ムーンですか。二人ともスゴいですよね。最近はキース・ムーンの方が、より革命的な匂いがして、好きです。昔のライブのDVD見ていたら、キースとピートが一瞬ステージ上でマジで殴り合いそうになってました。

Posted by: ゆびとま | September 01, 2004 02:53 AM

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