November 18, 2008

魂を揺さぶられた・・・/「虐待」は「狂気」か?

魂を揺さぶられた。
NHKのドキュメンタリー「微笑と虐待~証言 アブグレイブ刑務所事件~」
17日(月)午後10時から放送。会社でテレビに釘付けになった。
(再放送もあるだろうから、見逃した方は是非。以下ネタバレです)

リンディ・イングランド。裸の捕虜を前に笑っていた彼女は、禁固3年の刑に服している。仮釈放の身で、事件から5年、初めてテレビカメラの前で、なぜあんなことをしたかを、自分の思いを、とつとつと、言葉を選びながら、語る。生まれてこのかたトレーラー住まい、つまりは貧困層。そこから抜け出したくて、予備役に志願したという。

あれは日常的なことだった(「虐待」を彼女は自分の言葉として使おうとはしなかった)。上から命令されたと周りのみんなが言っていた。おかしいとは思った、しかし戦時中は誰もみな不安定になるものだ。私はたまたまそこにいただけ。たまたま写真に写っただけ。有罪の理由は、そこにいたから。写真に写ったから。

そして、彼女も軍の方針の犠牲者にすぎなかったことが、丹念に明らかにされていく。

アブグレイブ収容所の所長だったジャニス・カーピンスキー大佐は、頭脳明晰な女性らしく、理詰めで、しかし沸き上がる怒りに少しずつ興奮した語り口になっていく。最後には、捕虜虐待で有罪になった7人は「写真を撮ったから軍そして政府上層部の怒りに触れたのだ、写真を撮ったことで有罪になったのだ」と身を乗り出して大きな声で言い放つ。

私にとってのクライマックスは、偶然に虐待写真を入手し、悩んだ末に匿名で告発した兵士が、ラムズフェルド国防大臣その人に恐ろしい目にあわされる場面。あのラムズフェルドは、告発を「英雄的行為」とたたえながら、本人に何の断りも無しに、実名を議会証言でいきなり公表したのだ。なんという報復。兵士は間もなく裏切り者として軍を去らざるを得なくなった。保守的な土地柄の故郷にも帰れなくなってしまった。「同胞を裏切った者」として恨みを買った結果、地元の住民から危害を加えられる恐れがあるからだという。なんという。非道い。非道すぎる。そして、今後、米軍兵士は誰一人、告発などという割に合わない馬鹿げたことを二度としないだろう。

アブグレイブの虐待が明るみに出て5年。このテーマをここまで追いかけ続けたテレビマンの魂に震えた。エンドロールの最後に、NHKと並んで、制作オルタスジャパンとあった。オルタスジャパンは優秀なディレクターを抱える制作プロダクションだ。あのエンドロールの位置からすると、おそらく、このネタを追いかけ続けたのはNHKプロパーではなく、オルタスジャパンのディレクターではないだろうか。誰であれ、その粘り強さとあきらめの悪さに、心から、拍手。

番組HP
http://www.nhk.or.jp/special/onair/081117.html
「彼らの証言から浮かび上がってきたのは、アメリカがイラクの民主化という「善意」とテロとの戦いという「理想」を掲げる一方で、密かに進行していたアメリカ軍の狂気そのものだった。」

「狂気」。なんとまあ陳腐な言葉だと思う。番組を通じて要所要所に妙におどろおどろしい音楽が演出的にかかっていたのが気に入らなかったが、番組の制作責任者が、あのすべての騒動を「狂気」と理解しているからかと思うと、妙に納得がいった。

あれは狂気などではない。狂気ならば救いがある。狂気は、一時的な、情に突き動かされた、衝動的なものだ。

実に冷静に計算された拷問方法と、告発者への報復と、あまりに分かりやすいトカゲのしっぽ切り、責任逃れ。人間とは冷徹にそういう計算ができる生き物だ。だからこそ恐ろしい。その性質と、闘わなければ。どう闘う?分からないけれど。その性質と、闘いたい、と思った、学生の頃の情熱を思い出した。

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September 18, 2007

Margarita passed away

海外赴任時代に私の親友だった人の母が昨日、亡くなりました。
88歳。
プレゼントをくれたり、やさしく話しかけてしてくれたり、踊ったり笑ったり、とてもかわいいおばあちゃんでした。敬虔なカソリックの信者で、日曜日は欠かさずミサに行っていた。
50年ほど前に、銀行家だったご主人と共にキューバからマイアミに亡命。ほとんど無一文の状態から、三人の息子を大学まで行かせた。言い知れぬ苦労をしたはずです。
ご主人は15年ほど前に亡くなりました。彼女は、ご主人が集めた世界中のお酒を居間に飾っていた。その中に、甕に入った日本酒があったのですが、初めて会った日本人の私がよほど珍しかったのか気に入ってくれたのか、その甕を私にくれました。大切な形見を呑んでしまうのも申し訳なくて、甕はいまだに実家に置いています。

彼女は故郷キューバを懐かしがりながら、ついぞ帰ることはできなかった。

ヒスパニック系の人たちはことのほか家族を大切にします。
親友からも、お母さんのMargaritaさんからも、家族を大切にすべきだということを何度も教わりました。
親友は、あまりに忙しく仕事ばかりしている私に、「まず何よりも健康が第一。健康でなければ何もできない。次に家族。仕事も会社も君を守ってはくれないよ」と、よく説教してくれたものです。
私はMargaritaのお気に入りの一人だったので、友人は、さっき、わざわざ国際電話で教えてくれました。
本当に久々に声を聞いた彼は泣いていた。

私自身、思いのほか強い喪失感を味わっています。涙がぽろぽろ。

大切にしてくれた人は、大切にしなければならない。

そんな当たり前のことを忘れるほど忙しく仕事をしていて、何の意味があるんだろう?

せめて自分の両親はもう少し大切にしよう。。。あまりひどく後悔しないように。

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February 25, 2007

重みと深み

きょう、いい言葉を聞いたので、メモ代わりに。

(見たくない真実・本質に)フタをしたまま続ける人生なんて、重みも深みもないよ。

人生経験豊かな女性の言葉の伝聞。

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February 12, 2007

「報道に対する脅威」

「報道に対する脅威」
http://www.diplo.jp/articles07/0701.html

私が漠然と感じていた問題を、マジメに捉えて真正面から論じている記事をたまたま見つけました。

いや、「たまたま」というのはウソで、今日ひっさびさにプログ管理画面にログインしたもんだから、何となくアクセス解析を見に行って、生ログなんてものがあることに感心して、ぼーっと眺めて意味が分からなくて、ふとクリックしてみたリンクがこちら。
http://a.hatena.ne.jp/gedoearthsea/simple
そこで、
『ル・モンド・ディプロマティーク』日本語・電子版
が目に入った。
むかーしむかし、小学生の頃にフランスにいたことがあります。父親が毎日読んでいたル・モンド。それで何となくクリックしてみたら、表題の記事に行き当たったというワケです。
gedoearthseaさん、ありがとう。

私、もうすぐ、テレビ屋じゃなくなりそうなんです。だから余計に気になった。


フランスついでに。昨日、シャルル・アズナブール Charles Aznavourという超大御所シャンソン歌手のコンサートに行きました。
これまた偶然の産物で、金曜夜にタクシーに乗って帰宅途中、タクシージーコムに「ありがとうさよなら日本公演」という情報が流れたのを見てびっくりして、これも親孝行だと思って2万円もするチケットを買って、親と一緒に東京国際フォーラムに行きました。
アズナブールって私の父よりずっと年いってるはずで、まさかまだ現役で歌っていたなんて夢にも思わなくて、きっとよぼよぼのお年寄りがナツメロを適当に歌ってお茶を濁すのかと思っていたら、まあ。

C_aznavour_060814声のハリ、ツヤ。マイクを通してもハッキリ分かる。この人の歌は、この人は、本物だ。
足取りも軽やかに、失われた青春を嘆く歌から失恋の歌失恋の歌失恋の歌、滑稽な売れない歌手の歌や少し宗教がかった歌、次々に休み無く歌い続ける。
知っている歌はほとんど無いのだけれども、それでも感動した。
いったいこの人は何歳なのか、終了後、3000円もするプログラムを購入して、経歴をよくよく見ると・・・
1924年生まれ。

え。

ことし83歳ってことじゃん。

ありえなーい

誕生日を迎えたばかりの父が、真剣に、「自分ももっとがんばらなければ」という気持ちになっていたのが、予期せぬ収穫だった。
なかなか良い日曜日でした。

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September 12, 2006

9.11.2006

あの日から、5年がたちました。

一年前のへたれエントリはこちら。
9.11.2005
二年前のエントリ。
9.11 あの日感じた憤りと悲しさと悔しさと

5周年。ことしも、何も、しなかったなぁ。
各局の特番や特集を一生懸命見ました。
あの時、現場に居合わせた記者は、誰も出てこなかった。
オオモノキャスターが真剣な表情をした方が、視聴者にはリアリティがあるんだろうか。
サラリーマン記者って、そんなもんなんだろうか。
みんな私と同じように、組織の壁や、会社の中の立場や、日々やらなきゃならないことに流されて・・・。
何もできなくなっていったのかなぁ。


テロをどうして防げなかったかを詳細に検証した調査委員会の「9.11リポート」の漫画版が最近、出版されました。
ウェブサイトでも公開されています。
Slate.com, The 9/11 Report
タワーが燃えている絵をクリックすれば、漫画の画面が出てきます。
報告書から抜粋された英語の文章を読むのはそれなりに手間ですが、絵がでかいのでかなり分かりやすい。
9.11リポートが出版されたときは「読まなきゃなぁ」と思ったけど一行も読んでない。でも漫画だから、とりあえず二章目までは読んだ。今度こそは最後まで読んでみます。

安定したお給料をもらいながら、何かこだわりを持ち続けて仕事をするってのは、なかなか難しいものです。与えられた環境で、できることをやるしかない。

それでも、せめて・・・
与えられた環境の中で、せめて、「精一杯」はがんばろう、と、自分に喝を入れるため。
やっぱり、この日、エントリを立てることにしました。

というわけで、ゆびとまの超不定期ブログはまだ生きています。ではでは。

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July 31, 2006

フジロック初体験・・・いやとにかくすごかった。いろんな意味で。

3日間で13万人もが参加するというロックフェス、フジロック2006に行って参りました。
といっても土曜の一日だけ。
ことしで10年目なんだそうで、Red Hot Chili Peppersが目玉アーチスト。このレッチリ目当てに、バンド仲間総勢7人で。レンタカー借りて。麦わら帽子買って。ウェストポーチ買って。ビニールシートとか小さな折りたたみイスとか雨合羽とかランタンとかいろいろ詰め込んで。

まあとにかく仲間に誘われるままによく把握せずに行ったんですが・・・参った。
何に参ったって、まず人が多い。そして、ありえない広さ。
場所は苗場のスキー場。スキー場の、ある程度平らなところ6カ所にステージが点々と設営されて、駐車場からお目当てのステージにたどり着くまでにゆうに30分は歩いたでしょうか。その6つのステージで、いろんなバンドが、朝から晩まで、ライブやるんです。ステージからステージへの移動だって遠いのなんの。
おみやげのTシャツ屋もディズニーランドの人気アトラクション並みに人がならんでいるし、食事は大きめの露店があちこちにたくさん出ていたけどえらく混んでるし・・・
トイレだって20分くらい行列だ。
広い野外に、雑然とビニールシートを敷いてみんな思い思いにビール飲んだりライブ聴いたりしてるんですが、私らが到着した昼過ぎには、メインステージの観客エリアにはもうほとんどあいてるスペースなし。ううう。

次に参ったのは、雨。ひどい雨。雨、雨、雨。いやー、山をナメてはいけませんね。
あまりにずっと降り続いたので、耐えかねて、臨時のテント作成。ビニールシートを、ゴミ袋裂いて作ったヒモで、木の幹に結んで、仮の宿を作りました。これがなかなか快適。
雨に濡れないって、なんてありがたいことなんだ!!!
身にしみました。涙。

そんな状況なもんだから、あちこちステージ歩き回る気力も起きず、夜9時半から始まる予定のレッチリをひたすら耐えて待つだけ。

と思っていたら、けっこうね、いいバンドが出てきました。メインステージだからかもしれないけど。
一番よかったのは、The Hivesというバンド。初めて知った。ヨーロッパっぽかったけど、どこのバンドだろう。と思ったら、スウェーデンのバンドでした。CD買わなきゃ。
往時のThe Whoを思い起こさせるような超ゴキゲンなパンクロック。全員、黒のシャツに黒のパンツに白いズボンつりに白いスカーフよ。ボーカルが可愛かった〜。ベースの名前はDoctor Mass Destructionだそうで。絶対に覚えろ、と、ボーカルの子が言ってました。
不思議なもので、というか当たり前なんだけど、いい演奏は客をひきつけるんですよね。いつの間にかステージ近くの「立ち見スペース」は人だかり。私も飛んだり跳ねたりして、しばし雨を忘れた。

あと記憶に残っているのは電気グルーヴ。いっちゃん最初にN.O.とShangri-Laという最大のヒット曲を演奏、それでワラワラと客が集まってきて。Shangri-Laはちょっと想い出の曲なので(笑)、私もワラワラとステージ近くに集まっていきました。ロックフェスってことを考えると、なかなか戦略的な曲順だと感心。その後は電気グルーヴの世界にどっぷり。テクノはビジュアルのCGも楽しいね。

で、いよいよ、レッチリ。

こいつぁマジすごかった。写真とりましたので、後でアップします(多分)。
何がすごいって、いや、もちろんね、演奏はサイコーでしたよ。雨と寒さと空腹に耐えて待った甲斐があった。
40過ぎとは思えないハードな演奏とハードなステージ。ボーカルのアンソニー、最後は破けたTシャツ着て腹みせてましたが、脇腹は百科事典といっても過言ではない(腕や胸は筋肉隆々なんですけど)。そんな彼らの姿が、ハッキリと分かるくらい近くで見えましたよ。めちゃかっこよかった。

いや、それよりも、何がすごかったって・・・
年甲斐もなく、初めて、立ち見オンリーのめちゃ盛り上がるライブっていうものを経験したのですが。
マジ怖かった。
まず、満員電車なんです。
それが、バンドが出てきた瞬間、うねり始める。後ろから前から左から右からものすごい力でうねる。
そこで思ったのは、「なるほど、人気ロックバンドのコンサートで観客が将棋倒しになって死ぬっちゅうのはこういうことか」と。人生勉強その一。

とにかく最初の4曲くらいは、その満員電車をどう生き抜くかで必死で、演奏なんて楽しむ余裕ゼロ。満員電車でタバコに火をつけるバカがいると思ったらマリファナのにおいがしてくるし。一緒にその混乱に突入した友達とは引き離され、でも一生懸命探していたらまた見えて、うねりに乗っかりながらも少しずつ近づいてようやく再会できて。その後はとにかく意地でも離れぬよう必死。

で、少し慣れてくると、ルールが見えてきた。人生勉強その二。
まず、人のことを考えなくてもいい。見ず知らずの前の人の肩に手を当て背伸びしてステージの方を覗いてOKだし、どうも危ないと思ったら腕とひじを使って周りを押しのけなきゃいけない。
そして、皆と同じ動きを心がける。みんなが跳ぶときは、一緒に跳ぶ。じゃないと、前の人の肩がアゴに入ったりします。疲れていようが何だろうが、とにかく、一緒に跳んで頭を振り回していた方が安全なのであった。

そして、その満員電車のすき間のところどころに、屈強な係の人がいるのに感動しました。
やばい雰囲気になってくると、でかい兄ちゃんが、特に暴れてるヤツの顔に強力懐中電灯の明かりを当てる。周りがちょっと冷静になるんですね、そうすると。もっと前の方ではペットボトルの水が時々飛んでたけど、これも観客をクールダウンさせるためにワザとやってたんじゃないかと思う。

で、まあ、ルールが見えてきて、ようやく、ライブを楽しむ余裕が出てきました。やっぱすげー。感動。
がんばって、よかった。ほんとに。

ステージ終了は夜11時過ぎ。出るのが一苦労でしたが、1時半くらいに宿にたどりつき、ちょっとビール飲んで仮眠して・・・日曜仕事だった私は朝イチの新幹線で帰ってきました。明日もお仕事なので寝ます。とにかくこの感動を忘れないうちに書き留めておきたかったので、珍しくエントリでした。レッチリ満員電車の写真だけは近々アップしたいと思ってます。だらだら長くなっちゃってすみません。また来年も行きたい、と思わせる、お祭り騒ぎでしたとさ。

ではおやすみなさい。

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July 15, 2006

生きてます&オシムの言葉

お久しぶりです。さすがに3ヶ月も放置していたのでアクセスゼロかと思っていたらまだしぶとく1日数回ある。ありがとうございます。

ブログで発信したいっ
と思うことがありません最近。
ブログっていうメディアの使い方がよく分からなくなった、ということなのかもしれません。
ミクシにもグリーにも入ってみたけど、そっちもトンとごぶさたで。
普段から言いたい放題の生き方をしているからかなぁ。

仕事上、一つのテーマについてある程度考えをもって追いかける、ということがほとんどできないポジションになってしまったことも一因なのかもしれません。今アウトプットする気分的な余裕がない。そんな時間あるなら少しでもなにがしかインプットするか、そうでなければ何も考えずリラックスしたい。
自分が多少興味あるテーマも、大概はあっという間にブロゴスフィアで論じ尽くされてしまい、わざわざ私が何かを言う必要性も感じなくなっちまいました。

ああ、そういえば、最近、「オシムの言葉」を読みました。集英社さん現在ウハウハ大増刷中ですが、これはいい本だった。
元々、ユーゴスラビアには興味を持っていた。社会人になってまだ間もない頃に内戦が始まって。ユーゴについては「チトー」という英雄の名前を教科書で知ったくらいの知識しかなかったのですが、それでも子供の頃から馴染んだ国の名前がバラバラになって消えて行く衝撃は強かった。
その頃「石の花」も読んで、これまたものすごくインパクトの強い経験でした。
・・・話が脱線しましたが、要はオシムさんはサラエボの人で、内戦が始まった頃、常人には想像しがたい苦悩を味わいながら崩壊していくユーゴスラビアの代表監督をつとめていた、と。
この「オシムの言葉」の著者の木村元彦さん、すごく尊敬できるジャーナリストだと思った。取材のしかた、取材相手への誠実さ、文章からにじみ出てると思えた。

せっかく書き始めたので続けます。自分の備忘録代わりに。本の中に書いてあったオシム語録の中で、私が付箋をつけたところを書き連ねてみます。
p38「今の世の中、真実そのものを言うことは往々にして危険だ。サッカーも政治も日常生活も。世の真実には辛いことが多すぎる。だから真実に近いこと、大体真実であろうと思われることを言うようにしているのだ」
p43「同時にサッカーにおいて最も大切なものもアイデアだ。アイデアのない人間もサッカーはできるが、サッカー選手にはなれない。でもアイデアは練習だけでは身に付かない。鍛えられない。バルカン半島からテクニックに優れた選手が多く出たのは、生活の中でアイデアを見つける、答えを出していくという環境に鍛えこまれたからだろう。さらに言えば、ある選手が、そういったアイデアを身に付けているかどうかは、サッカーのプレーを見なくても、普段からの言動を見ていれば予想できる」
p126「重要なのは、ミスをして叱っても使い続けるということだ。選手というのは試合に出続けていかないと成長しない。どんなに悪いプレーをした時も、叱った上でそれでも使う。ミスをした選手を、それだけで使わなくなったら、どうなる?その選手はもうミスを恐れてリスクを冒さなくなってしまうだろう。いつまでも殻を破ることができない」
p148「レアルと違い、ジェフは今いる選手で戦っていかなければならない。人生もそう。自分たちが歩むべき道を探していかなければならないのだ。日常生活の中で、平坦な道のりはない。上に上がっていくには何らかの危険を冒し、何かを犠牲にしなければならないのだ」
p149「ルールのためのルール、規則のための規則など、豚に食われてしまえ」

まだまだあるけれど、また次の機会に。寝ます。このエントリはあまりに何も考えてないので、もう一度推敲するかもしれません。

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April 24, 2006

奥山達郎さん

と、突然言われても、ご存知の方はたぶんいないと思いますが。
19日午前7時35分、永眠。
42歳、だったと思います。
10年以上前、一緒にバンドを組んでいだギタリストでした。

04年1月、大腸癌が見つかり、同年冬、それが腹膜にも転移。余命1年を宣告される。
癌について自分で徹底的に調べ、少しでも長くかつ質の高い生活を送るべく、様々な制約や制度の不備と闘い、最新かつ高額の抗がん剤治療を自分で納得しながら受け続けた。

銀行マンでありながら、超マニアック・熱狂的なジャズファンで、なおかつすばらしいギタリストでもあった。
あまりに純粋に自分の好きなことに熱中する、「男の子」だった。
その熱中ぶりは闘病でも変わらなかった。とにかく日本最高の抗がん剤治療を施しているという医師の本を全部読みよく研究し、その医師に面接して話をし、治療を受けられるようになった。より質の高い生活を求める癌患者の団体にも参加し、テレビや雑誌のインタビューだって受けた。
最後の最後は、どんな激痛に見舞われても、モルヒネを打とうとはしなかったらしい。モルヒネは心臓に負担をかけるから、余命を縮めるんだそうだ。

状態が急に悪くなったと聞いて、駆けつけようとしたけど間に合わなかった。
木曜夜、仕事を終えてから最終で山形に行き、昔のバンドの仲間たちと達郎さんの思い出を語りながら2時過ぎまで飲み、金曜午前、葬儀場に寝かされていた達郎さんの顔を拝んで、午後には新幹線で会社に戻り、そのまま徹夜勤務。土曜はさすがに一日中寝込んでしまったが日曜は予定通りゴルフに行った。 明日からはまた普通に仕事。
なんというか。Life goes on。苦い言葉だけど真実だ。

それでも、達郎さん、私は、あなたが強く速く駆け抜けてしまった人生、忘れないように、私なりに、がんばります。

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March 24, 2006

還暦ストーンズ

060322
一生のうち一度くらいはナマで見た方がいいものがあるでしょう。ナポリとか。日光とか。
で、行ってきました、ローリング・ストーンズ@東京ドーム。最初は見たことも聞いたこともない前座がなんだか6曲か7曲か延々やってて。3人編成のシンプルでわりとキャッチーなハードロックバンドでしたが。いつまで続くのか不安になっていたら、ようやく終わって。で、当然、セット入れ替えでまた30分くらい待たされて。
19時開演が、20時すぎてもまだ始まらない。えーいちくしょう。やっぱり還暦過ぎちゃったじいちゃんたち、そんなに長くは演奏してらんねえのだろうか。ううう、S席1万7500円、高かったよぉ。しかもアリーナですらないんだ。1塁側の外野席ってところか。要は最新のケータイでズーム使ってもこんな写真しか撮れない場所なのだ。
と、一緒に来たバンド仲間とぶつぶつ愚痴が多くなってきたところで・・・


出てきました、ミック様。
060322Mick
うぉっっっっっ
ナマだナマのミックジャガーさまだ。
なんなんだ、鳥肌たったぞー
めちゃめちゃカッコいいぞーなんなんだいったい
ものすごいオーラだ
登場した時は真っ赤なジャケットに黒いピタパンに黒タンクで、手をあげるとヘソ出しなの
いやー、すごすぎーーー だって還暦すぎてるんですよ
スタイルはバレーダンサーみたいでした。足が細くて体が締まってて。もちろん体をひねりながらの独特のステップはバレーとは似ても似つかぬものでしたが・・・。

感動のあまりどの曲でスタートしたか覚えていませんが、Start Me Upだったかな?
とにかく。ロックが好きな人なら聞いたことがある曲ばっかり。新曲も少しだけやったけど。
私がいちばん感激したのは、Sympathy for the Devil で、もともとすごく好きな曲なのですが、ミックさまが黒緑色に光るビロードの帽子とビロードのジャケットを来てあらわれたのが、もう、めちゃかっこよかった。涙。


で、途中、こんなご愛嬌も。
060322Keith
変テコギターおやじのキース・リチャーズが、歌いました。
これがなんというか、すごかった。
・・・いや、あの、すごい、下手、なんです、歌が。
一緒にいた友人は、「ストーンズの中居くん」と命名。

しかしこれもまあ還暦の貫禄といいますか、名人芸といいますか、なんというか、もう、人間国宝並みの名人、なんだから、何をやっても許されてしまう、みたいな、微笑ましさといいますか。いやー、しかし2曲も歌うとは思いませんでしたよ。


気を取り直して、ミックジャガー再登場。今度はギターを手に。
名人ギタリスト2人がもはやまともなリズムギターは弾けない、ということではないのでしょうが、明らかに一人だけ体の鍛え方が違うミックは歌もギターも張り切っていました。
060322Arena
途中、ステージの真ん中がぐぐいっとせり出してきて、アリーナ後方まで移動。後方席の人がすごくうらやましかったー。フィールドの一番手前まで動きましたよ。普通に一番前の席にいるよりも近くに見えるんですよ、絶対。


知ってる曲ひととおりやって、ステージ終了。たっぷり1時間半以上、やりましたよ。いやー、感動感動。
あれ、アンコールに何やるのかなぁ、なんて思っていたら、すぐに始まりました。時間が遅かったからですかね。あんなにすぐに始まったアンコールなんか記憶にないですね。
で、You Can't Always Get What You Wantをみんなで大合唱して、シメはSatisfactionでした。
キャー。もう。それがあったか。


終わったら22時たっぷり過ぎていました。2時間のステージ、走り回って魅せてくれたMick Jaggerのプロ根性に脱帽。いや確かに途中で中居くんが歌った時はちょっと休憩してたけどね。

うんうん、やっぱり、「ローリングストーンズを見て死ね」という格言は成立するのではないかと思ったゆびとまでした。
ていうか、もう一回くらい行ってもいいかも!


電脳東京さまのエントリにTBさせていただきました。

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February 12, 2006

重箱のスミ突っつく系ですが

きょう12日付の日経朝刊2面の風見鶏「政権末期の独り相撲」。皇室典範改正問題で、去年11月に政府の有識者会議がまとめた報告書について大いなる批判を展開しているのですが・・・。

以下、一部引用。
「報告書はまた、『今後、皇室に男子がご誕生になることも含め、様々な状況を考慮したが、現在の社会状況を考慮したとき、中長期的な制度のあり方として、ここで明らかにした結論が最善のものであると判断した』と明記したが、この判断もすでに破綻している。紀子さまご懐妊で国民世論は大きく変化し、典範問題は仕切り直しになった。」
引用終わり。

最後の方のくだりだけど、意味がわかりませーん
破綻しているってどこが破綻してるんだろう?すでにって、いつのこと?新聞のくせして、かなり意味不明瞭だ。
それと、「国民世論は大きく変化」って断じているけど、何をもって変化したって言うんだろう?懐妊の前と後とで世論調査でもしたのかな?少なくとも、私の考えは紀子さまご懐妊の前後で全然変わってません。
いいじゃん、最初に産まれた子を優先したって、ねえ、別に。だって男系の尊さとか言われてもピンと来ないんだもん。おんなじ子供じゃん。ていうか、そうでないと、いまこの瞬間もすくすく育ち続けている愛子さまがかわいそうじゃん。後から産まれた従兄弟とかハトコとかより格下に扱われるなんて、ねぇ。

まあ私の考えはどうでもいいんです。要は、この記事を書いた編集委員さんの論拠はかなり弱いんではないかということを言いたかっただけです。日経新聞って、あんまし思い込みだけとかで書かないところがいいと思っているのに、これじゃあなぁ。もっと論理的にちゃんと詰めてから出してほしいなぁ。「独り相撲」って、記事の内容の方が独り相撲っぽい。

余談ですが、そんな私でも、有識者会議が出した結論は、日本にしてはかなりドラスティックだなぁとは思っていました。これが通ったら長期的には日本社会にかなりの意識変化をもたらすんではないかと期待してたんですが、こんなことになっちゃって。やっぱり無理だったか。

皇太子ご一家、まけるな、がんばれ。

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より以前の記事一覧